終の棲家

市内の高級シティホテル。
「お客さまが亡くなりましたので、残された本をお願いします」という。
この田舎都市に、ホテルで暮らす人がいるとは思わなかった。それも100歳を超えていたらしい。
ちょうどハワード・ヒューズの伝記映画(デュカプリオ)を見たばかりで、最上階のスイートルームに閉じこもり、政財界に睨みを効かせる黒幕、フィクサー・妖怪などという言葉も頭に浮かぶ。まさかそんなこともないだろうけれど、とにかく話のネタにと行ってみたら、ホントに話のネタだけだった。真面目な(多分)お医者さまで、部屋も超豪華版などでもなく、最初からホテルに併設された長期契約用のマンション様の部屋だった。ほんの少し立派なような気がしたけれど。
片付けにホテルの若い人が数人と、娘さんらしいお二人。
「もうめぼしい本はみんなで分けちゃった」らしい。
そうだろうなあ、残っているのは古い全集の端本と、大量の文藝春秋
それでもなんとか戦前本十冊ほど選び出すと、
「あら、たったそれだけ、持っていってもらうのも悪いわねえ。全部捨てちゃおうか」
妹さん(?)がギョッとするようなことをおっしゃる。
「いや、これでなんとかガソリン代になるんです。日当にはなりませんけど」
とかなんとか、モゴモゴ呟いてさっさと退散。
気持ちだけお支払いすると、お二人から、「ホントに気持ちだけねえ」と大笑いされた。