福岡−島根230キロ 行ったり来たり

カミサンの親父が亡くなった。享年85歳。
5/3(日) 朝出る直前、島根のカミサンの妹から電話
「お父さんの様子がおかしいので、医者に連れて行く」
即売会会場に着いて開店準備中、娘から
「危篤、お母さんと二人先に行くね」
そのすぐ後、今度はカミサン
「だめでした」
三時に当番交代、帰宅、喪服など車に放りこんで、九州道から中国道。どんなに急いでも4時間はかかる。「通夜には間に合わないかも」あせっていると、カミサンから「通夜は明後日になった。葬儀はその翌日」明日通夜ならともかく、二日も後とは恐れ入った。葬儀が終るまで四日もかかる。この変則日程はお坊さんの都合らしいけれど、禅宗のお坊さんてそんなに少ないのか?
「だから今日は無理して来なくてもいいよ」と言われても、もう美東SA、今さら引き返すわけにもいかない。
すべて静かになった夜、カミサンと妹が、フトンの両側から親父を撫でさすりながら話しかける、そんな本当の通夜らしい通夜に付き合って、側で酒を飲む。
5/4(月) 今日は納棺だけの予定らしい。こんな時、男はさっぱり役にたたない。いったん博多に帰ることにした。
注文の処理をして、宅買の日時を打ち合わせ、公費注文の書類を作って、M書房から「日本の古本屋」のクレジット決済についての役にも立たない情報をもらい、野球中継を見ながらコタツで寝てしまう。ビール一本を空にできなかった。
5/5(火) 発送を済ませ、高速に乗ろうとすると、ラジオの道路情報が「上り線八幡から40キロの渋滞」などと、とんでもないことを言っている。ゴールデンウィークUターンラッシュということらしい。高速渋滞をパスしてやろうと3号線を走るけれども、こちらも北九州市内でほとんど停まってしまうほどのノロノロ渋滞。インター入り口も車列がギュウギュウ詰め。門司でも乗れず、10年ぶりに関門トンネル(軽・100円)を通って、下関でも乗れず、小月でようやく。
結局、いつもは4時間の行程を7時間。着いたのは通夜開始寸前。自分がこんなに素早くネクタイを締められるなんて、夢にも思わなかった。
日付も変わった深夜弔問客あり、故人と近しい人ではあるらしいが、延々と話が続き、寝るわけにもいかず、心底疲れる。
5/6(水) やっと葬儀。今時珍しいであろう自宅葬。
一昨年、広すぎる敷地に大きすぎる家を建てたのはこのためだったのか。四十人以上が一度に食事する「おとき」も、百人以上の参列者もなんとかこなせた。
葬儀後のおばさんたちの話題の的は、助手のような役回りで太鼓を叩いていた若いお坊さん。これが、コミック「ファンシイダンス」から抜け出したような、現実離れしたお坊さんなのだ。すらりと背が高く、顔もすっきり、あんなかっこいいお坊さんは初めて見た。娘に「あのお兄さん、もう少し歳とって、少し太ったら、なかなか立派なお坊さんになりそうだね」と言ったら「イヤだ。絶対に太ったらダメだ」厳しく反論されてしまう。いやしかし、ちょっと見る角度が違っているような。
火葬場にまで来る人数があまりにも多いので驚く。バスまるまる一台分、三十人はいるだろうか。私の田舎では家族と、本当に近しい数人だけなんだけれど。
押し合いへし合いのお骨上げの後、またバスでお寺へ行き、初七日も済ませる。不謹慎ながらちょっとしたバスツァー気分。
カミサンを残して、娘と帰る。たった一人の貴重な孫娘は、四日間こき使われて疲れ果て、車では眠りっぱなし。
四日間で高速利用四回。毎回通常料金を払ったけれど、どうにも納得がいかない。これは思想信条による差別ではないのか。ETCなど信用しない持たない自由だってあるはずだ。憲法違反だぞ?